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東京地方裁判所 平成6年(ワ)8313号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告に対し、金二四三万七九一三円及びこれに対する平成五年一月二九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、配当手続において、配当異議の申出をしなかった一般債権者である原告が、配当に誤りがあったと主張し、配当を受領した被告に対し、不当利得に基づく返還請求をする事案である。

一  争いのない事実等

1  原告は、平成三年六月三日、訴外大井隆一(以下「大井」という。)に対する執行力ある公正証書に基づき、大井が訴外株式会社クボタ(以下「クボタ」という。)に対して有する建物(千葉県松戸市馬橋字相坪四一四番地所在の鉄筋コンクリート造陸屋根三階建、以下「本件建物」という。)賃料債権の差押命令(千葉地方裁判所松戸支部平成三年ル第一九九号、差押債権・金二億一九三九万七二六〇円に満つるまで)を得て、右差押命令は同月一三日大井に、同月五日クボタにそれぞれ送達された。

2  被告は、平成三年七月一九日、大井との間で、本件建物につき根抵当権(極度額合計五九〇〇万円、甲三)を設定し、同日登記を経由し、平成四年九月一八日、右根抵当権に基づく物上代位によって本件建物賃料債権の差押命令(東京地方裁判所平成四年ナ第二〇四八号、移送後・千葉地方裁判所松戸支部平成五年ナ第二三号)を得た。

3  第三債務者であるクボタは、平成四年一〇月分から平成五年一月分までの賃料合計金九九四万九八〇〇円を供託した。

4  平成五年一月二八日千葉地方裁判所松戸支部において配当期日が開かれ(平成四年リ第一二三号)、原告に対する配当額を七五二万三六八九円、被告に対する配当額を二四三万七九一三円とする配当表が作成され、異議の申出がなされることなく、配当表に従った配当が実施された。

二  争点

1  配当表に従った配当がなされた後に、配当異議の申出及び訴えを提起しなかった一般債権者は、配当が実体関係に合致していなかったことを理由に不当利得返還請求できるか。

2  一般債権者による建物賃料債権に対する差押命令と、その第三債務者への送達後に登記された建物根抵当権の物上代位による差押命令の優先関係。

三  争点についての当事者の主張

1  原告の主張

抵当権設定登記前に賃料債権の差押命令を取得した差押債権者は、差押命令の処分禁止効により、抵当不動産の賃料債権から差押命令の請求債権の範囲内において当該抵当権者より優先して弁済を受ける権利を有するのであるから(平成六年四月一二日東京高裁第二民事部判決、甲四)、当該抵当権者が配当を受けたために、右優先弁済を受ける権利が害されたときは、右抵当権者は右差押債権者の取得すべき財産によって利益を受け、右差押債権者に損失を及ぼしたものであり、配当期日において配当異議の申出がなされることなく配当表が作成され、これに従って配当が実施された場合において、右配当の実施は係争配当金の帰属を確定するものではなく、右利得に法律上の原因があるとすることはできないから、不当利得の返還を請求できる。

2  被告の主張

一般債権者は執行目的物の交換価値に対して実体法上の権利を有するものではないから、ある債権者への多額配当が当然に少額配当受領者の「損失」によるものとはいえないから、原告の請求は不当利得請求の要件を欠くものである。

第三  争点についての判断

一  争点1について

1  一般債権者は当該執行対象財産の交換価値に対して何らの実体法上の権利を有するわけではないから、過誤配当により、同債権者が本来配当を受けるべき額より少ない配当額を受領したとしても、そのことから直ちに同債権者に実体法上の損失が生じたと評価されるわけではないと考えられる。

すなわち、金銭債権そのものには、債務者の特定の財産の処分を禁止したり、これを売却して強制的に債権の満足を得る権能は含まれず、その強制履行(民法四一四条第一項)の方法として裁判所に対して、債務の本旨に従った履行を強制するよう請求することができるにすぎない。その具体的方法として、法は強制執行の申立、目的財産の差押、換価、配当、という一連の手続を定めるが、その配当は、強制履行請求権の行使としてまさに配当手続に参加したことによって認められるのであって、そのことにより、執行財産上に何らの実体法上の権利(優先弁済権)を取得するわけではなく、その実体法的性質は任意弁済の受領と異ならないと考えられる。従って、ある債権者が多額配当を受領したことにより、当然に少額配当受領者に実体法上の損失を及ぼしたとは認められないことになるから、執行手続を離れて他の債権者に対し不当利得返還請求することは認められないというべきである。

2  なお、右の理は、本件のように根抵当権の設定登記より先に自ら賃料債権の差押をした一般債権者であろうと差異はないと考えられる。すなわち、右一般債権者が、差押の処分禁止効により、根抵当権者の物上代位に優先するとしても(甲四参照)、優先するのはあくまで当該執行手続において、右根抵当権者に対してのみであると解すべきであって、右一般債権者が実体法上の優先弁済権を有しないことは、他の一般債権者が当該賃料債権を差押えるなどして執行手続に加入してきた場合を考えれば明らかである。

本件のような場合、一般債権者は、配当異議の申出をし、根抵当権者に対し、配当異議の訴えを提起して、執行手続内で自己の優先配当を受けるべき地位の主張をなすべきであったといえよう(この点、原告の主張によれば、原告は配当期日に出頭していたというのであるから、配当異議を述べる機会は十分に保証されていた。配当の優先関係につき法律上の難問があったということは、配当異議になんらの疎明も要求されていないことから、適式な呼び出し等が欠けた場合と同視する理由にはならない。)。

二  以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告の本件不当利得請求は理由がなく、認められないから主文のとおり判決する。

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